「行政庁」の「庁」って何? 市長や大臣が「庁」と呼ばれる理由を考える
行政法を勉強していると、「行政庁」という言葉がよく出てきます。
行政事件訴訟法や行政手続法を読んでいると、当たり前のように使われている言葉ですが、よく考えると不思議ではないでしょうか。
「庁」といえば、役所のような組織をイメージします。実際、国土交通庁……ではなく国土交通省や、気象庁、警察庁といった組織もあります。
ところが、行政法でいう「行政庁」には、市長や都道府県知事、各省の大臣なども含まれます。
市長は人ですよね。大臣も人です。それなのに、なぜ「庁」という言葉が使われるのでしょうか。
今回は、「行政庁」という言葉を、できるだけ日常的な感覚から考えてみます。
1.「庁」と聞くと、建物や組織をイメージする
まず、普段使っている「庁」という言葉を考えてみましょう。
例えば、気象庁や警察庁と聞けば、行政を担当する組織をイメージする人が多いと思います。
「庁舎」という言葉もあります。これは、役所などの建物を指します。
このように、日常生活で「庁」という言葉に触れると、組織や建物を思い浮かべるのが自然です。
ところが、行政法で使われる「行政庁」は、少し違います。
行政法上の行政庁とは、行政上の意思を決定し、それを外部に表示する権限を持つ機関のことです。
例えば、市長が営業許可を出したり、知事が許可を取り消したりする場合です。
ここでいう行政庁は、役所の建物でも、市役所という組織全体でもありません。
行政として何かを決定し、その意思を外部に示す権限を持つ機関を指しています。
つまり、「行政庁」という言葉は、単に「庁という名前の組織」を意味しているわけではないのです。
2.もっと砕くと、「行政として決めて、外に伝える役割」
行政庁を理解するには、行政組織の中で、どのような役割を担っているのかを考えるとわかりやすくなります。
例えば、ある人が飲食店を開業しようとして、必要な許可を申請したとします。
申請書を受け付ける人がいて、書類を確認する職員がいて、必要に応じて調査をする人もいるでしょう。
しかし、書類を受け付けることと、許可することは同じではありません。
行政組織の中には、さまざまな仕事を担当する人や機関があります。その中で、法律によって許可をする権限を与えられ、その許可を行政として外部に示す役割を担うのが行政庁です。
もっと日常的な言葉に置き換えるなら、
「行政として、こうします」と決めて、その意思を外に示す役割を担うところ
とイメージすると、理解しやすいのではないでしょうか。
もちろん、これは行政庁の意味をつかむための説明です。法律上は、どの機関がどの権限を持つのかが、それぞれの法令によって定められています。
3.会社で考えると、少しわかりやすい
行政庁という言葉がわかりにくいのは、組織と、その組織の中で権限を行使する機関とを、同じもののように考えてしまうからかもしれません。
そこで、会社を例に考えてみます。
会社には、社長、部長、担当者など、さまざまな人がいます。
担当者が書類を作成したり、部長が内容を確認したりしても、それだけで会社としての最終的な意思決定が成立するとは限りません。
社長が会社を代表して契約を承認し、その意思を取引先に伝える場面を考えてみましょう。
このとき、社長は単に一人の人間として話しているのではなく、会社の代表として意思を示しています。
行政庁も、イメージとしてはこれに少し似ています。
市長や知事は、一人の人間です。しかし、行政庁として行動するときは、個人的な考えを述べているのではなく、法律によって与えられた権限に基づいて行政上の意思を示しています。
ただし、会社の社長と行政庁は、法的な仕組みが同じというわけではありません。あくまで、組織と権限を担う存在を区別するためのたとえです。
4.では、なぜ「行政機関」ではなく「行政庁」なのか
ここで、もう一つ疑問が出てきます。
行政として意思を決定する役割を指すのであれば、「行政機関」と呼んでもよさそうです。
実際、行政法では「行政機関」という言葉も使われています。
行政機関は、行政組織を構成する機関を広く指す言葉です。行政法の伝統的な整理では、行政庁のほか、諮問機関、執行機関、補助機関などを区別します。
例えば、審議会は行政庁から意見を求められることがありますが、審議会が意見を述べることと、行政庁が処分を決定することは同じではありません。
また、行政庁の仕事を補助する職員が書類を作成しても、その職員が当然に処分権限を持つわけではありません。
つまり、行政組織の中にはいろいろな役割があるため、それらを区別する必要があります。
その中で、行政上の意思を決定し、外部に表示する権限を持つ機関を、特に「行政庁」と呼んでいるのです。
なお、「庁」という漢字そのものが「意思決定をする」という意味を持っているわけではありません。行政法上の役割を表す言葉として、「行政庁」という用語が使われているのです。
5.「行政庁」と「国・公共団体」は何が違うのか
この違いは、行政事件訴訟法11条を読むと、さらに重要になります。
同条は、取消訴訟の被告を誰にするのかについて、次のように定めています。
処分又は裁決をした行政庁が国又は公共団体に所属する場合には……
例えば、大阪府知事が行政処分をしたとします。
この場合、次の3つを区別して考える必要があります。
- 知事という人:実際にその役職に就いている自然人
- 大阪府知事という行政庁:法律上の権限を行使する機関
- 大阪府という公共団体:行政庁が所属する組織
知事が交代しても、大阪府知事という行政庁の権限は引き続き存在します。
また、知事が行政処分をしたからといって、取消訴訟で知事個人を被告にするわけではありません。
行政事件訴訟法11条1項によれば、原則として、処分をした行政庁が所属する公共団体である大阪府を被告とします。
国土交通大臣がした処分であれば、原則として国が被告になります。
ここでのポイントは、行政庁と、その行政庁が所属する国や公共団体は、別のものだということです。
行政庁は、行政上の権限を行使する機関です。一方、国や公共団体は、その行政庁が所属する組織です。
この区別ができると、行政事件訴訟法11条の文章も、少し読みやすくなるのではないでしょうか。
6.「庁」という漢字にこだわりすぎない
結局のところ、「行政庁」の「庁」は、日常的に使う「気象庁」や「警察庁」の「庁」と、同じ感覚で捉えると混乱しやすい言葉です。
行政法では、「行政庁」という言葉全体で、行政上の意思を決定し、それを外部に表示する権限を持つ機関を意味しています。
そのため、「庁という名前の組織なのか」「個人なのか」という二者択一で考える必要はありません。
行政庁は、特定の個人そのものではありませんが、必ずしも独立した役所の組織を意味するわけでもありません。
大切なのは、行政組織の中で、どの機関が行政上の意思を決定し、外部に示す権限を持っているのか、という点です。
行政法の用語は、普段使っている言葉と同じ形をしていても、法律上は独特の意味を持つことがあります。
「行政庁」も、その一つです。
言葉の形だけで意味を推測するのではなく、その言葉が法律の中でどのような役割を果たしているのかを考えること。それが、行政法を理解するための第一歩なのかもしれません。
関連するサポート
感情や立場の違いが関わる問題は、早めに整理しておくことで 将来のトラブルを防げる場合があります。
大野