天下分け目の戦はいろいろありますが、その一つが天王山(山崎)の戦いです。
羽柴秀吉と明智光秀が京都で繰り広げた戦いです。

いや、待て。もっと有名な奴があるやないか。と思った方いらっしゃるかと思います。

そうです、賤ケ岳の戦いですね。
羽柴秀吉と柴田勝家が滋賀県で繰り広げた戦いです。

これに勝利したのは羽柴秀吉で、秀吉体制が確立されていきました。

違う違う。もっと、有名なやつあるやん。と思った方、お待たせしました。

天下分け目の戦といえば関ヶ原の戦いですね。

徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍が岐阜県の関ヶ原を舞台に戦いました。

9月15日は関ヶ原合戦の日とされています。
慶長5年9月15日に行われたからです。
ただ、これは旧暦で、新暦では10月21日となるそうです。

山崎の戦い・賤ケ岳の戦いで勝った羽柴秀吉はその後天下を統一し、関ヶ原の戦いで勝利した徳川家康も天下を統一し江戸幕府を開きました。

関ヶ原の戦いで勝利した徳川家が後に江戸幕府を開いたことから豊臣家と徳川家の戦いっぽく感じますが、皆さんご存じの通り、家臣間の喧嘩という位置づけだそうです。

いわば兄弟げんかですね。北斗の拳的な感じの。

豊臣家と徳川家の戦いは大坂冬の陣、夏の陣、となります。

関ヶ原の戦いでは家康58歳。
大坂の陣では家康72~73歳だったそうです。

9月15日は敬老の日でした。祝日法の改正により現在は9月の第3月曜日に変更されています。
昔の敬老の日が9月15日だったのは家康と関係があるのでしょうか。

家康は「老体に鞭を打たしおって、もっといたわりなさい」と言っていたかもしれません。

年をとっても精力的に動いていた家康には驚くばかりです。

大野