妻の涼子は、体調が良くなったり悪くなったりを繰り返していた。
貯金もそれほど多くなく、太郎が船を売っていたことも知っている。
太郎が見舞いに来てくれるが、漁に出ていたときの素敵な太郎の笑顔はなかった。
涼子は、主治医に一つだけお願いをした「一日だけ外出できませんか」と。
主治医は「一日だけでしたら」と許可をした。
しかし、涼子は「三日後に帰ります」と電話で告げ、主治医との約束を破った。
電話の通り、涼子は三日後に病院に帰ってきた。
体は弱っていたが、何とか大丈夫そうだと主治医から聞かされた太郎と子供はほっとした。
太郎は涼子に「どこに行っていたんだ」と聞くと涼子は「ちょっとね」と笑っていた。
ある日、涼子は太郎にこう聞いた「漁はもうしないの」
太郎はこう答えた「体力がないねえ、大物を釣れる自身もねえ」
なんでそんなことを聞くのかと涼子に尋ねたら、涼子は「漁に出ているあなたは生き生きしていた、その幸せそうな顔を見るだけで私は幸せだった」といった。
太郎は嬉しかった、自分がやってきたことは間違いでなかったのだと確信ができた。太郎は妻に「ありがとう」といい、病院を後にした。
これが二人が最後に交わした言葉だった。
太郎が病院から帰った後、涼子の様態が急変し、涼子は帰らぬ人となった。
病院に駆け付けた太郎は「涼子ーーー」と叫んだ。
子供は泣いている「お母さんーーー」
涼子の遺体は、自宅へ運ばれ、葬儀の準備をしていたところにある男の人が訪ねてきた「涼子様のご依頼を受けてまいりました、行政書士の佐藤です。
涼子様の遺言がございますので港までどうぞお越しください。
太郎は何が何だかわからなかったが、港まで出て行った。
久しぶりに港に出てきた太郎は眼を疑った。
そこには「太郎丸」という小ぶりながら新品の船がそこにあったのだ。
太郎は佐藤に「どうしたんだこれは」と尋ねた。
すると佐藤は「涼子様より、『わたしが亡くなったときに船を太郎様に渡しほしい』というご依頼を頂いておりまして、本日伺わせていただいたのです」
そして、横から助手らしき者が佐藤に封筒を渡した。
佐藤は代読させていただきます、といいこう続けた「あなたへ、私との出会いはお見合いでした。初めの印象はパッとしませんでした。でも話をしてみてあなたの真面目さが伝わってきました。結婚し、子宝にも恵まれたし、漁から帰ってきたあなたの楽しそうな顔を見ているだけで私は何でもできると思えた。あなたとの結婚人生はかけがえのないものでした。結婚してくれてありがとう。」
「そして、最後に私のわがままを聞いてください。私が倒れてからあなたは元気が少しなくなったように思いました。船を売ったとも子供から聞きました。やっぱりあなたには漁が似合います。あの笑顔を見れなくなるのは残念ですが、私はいつもの場所であなたの帰りを待ってますので、思いっきり漁を楽しんでください。そのための船を最後にあなたへ感謝の気持ちを込めてプレゼントします」
佐藤が代読を終えると太郎の目頭は熱くなっていた。
佐藤はこう続けた「涼子様は、少しずつへそくりを貯め、ご両親の遺産を船の購入費に充てたそうです」
太郎は「バカヤロウ、船なんかよりお前がいればそれでよかったのに」
佐藤は「登録手続き等は済ませてありますので、いつでも出航してもらえる状態です。それでは私たちはこれで失礼させていただきます。」
太郎は子供に勧められるまま、船に乗船し、出航した。
晴天に恵まれ、漁という魚釣りをし、小魚ばかりであったが大漁に釣れた。
家に帰り、いつもの場所で、太郎はこう言った「ありがとう涼子」。
                               完(大野)