徳川家康、江戸幕府の初代将軍、その後260年続く、徳川政権の祖ですね。

権力闘争に勝ち、天下を納めたからにはたくさんの部下を持っていたはずです。

思い通りに動いてくれなかったり、失敗をしたり、様々だったと思います。

織田信長はそんな時、罵詈雑言を浴びせて怒っているようなイメージがあります。

家康の場合も2代将軍、秀忠が関ヶ原の戦いに遅参したときにも、めちゃくちゃ怒ったはずです。

では、家康はどのように怒っていたのでしょう。

  1. 叱る対象者と対象者と親しい人1人を呼び出す
  2. 言葉は柔らかく
  3. これまでの功績をたたえ、感謝を述べつつ、今回のミスは君らしくない、と伝える
  4. 今後も今まで通り期待している旨を伝える

皆の前で怒鳴りつけない、感謝を述べる、君の実力は理解していると伝える。ということでしょうか。

裏切りが当たり前のような戦国時代、怒鳴り散らしていると裏切者も多かったはずです。
特に皆の前で怒鳴り散らしていると、対象者は身動きが取れなくなりますから、内心ではなにくそ、と思って裏切ってしまうかもしれません。

そのため、本人にのみ、もしくは親しい人1人のみの前で怒る。

怒るといっても、先に今までの功績をたたえて、心を充実させてから、今回のミスは君らしくないんじゃない、と諭す。

うまいですね。自分が悪い気になってきてしまいます。

そのうえで、今後も期待している、なんて言われたら、裏切る気には早々なりません。

さすが、狸と呼ばれるだけあって、人の心もうまく惑わす能力にたけているようです。

時代が時代でしたから、様々な工夫をしたうえで考え出した怒り方なのかもしれません。

家康は短期だったようですから、戦国時代でなければ怒鳴り散らしていたかもしれません。

大野