時給は上がっているのに、なぜ「年収の壁」は残るのか?

「昔に比べて、パートやアルバイトの時給はかなり上がった。

それなのに、年収が一定額を超えないように勤務時間を調整する人がいるのは、なぜだろう?」

そんな疑問を持ったことはないでしょうか。

いわゆる「年収の壁」の話です。

かつては「103万円の壁」という言葉がよく使われましたが、現在は税制の見直しが進んでおり、2026年分の所得税については、給与収入だけの場合、所得税がかからない水準は178万円以下とされています。

一方で、社会保険には106万円や130万円をめぐる仕組みがあり、こちらは税金とは別の問題です。

つまり、「103万円の壁がなくなれば、年収の壁もなくなる」という単純な話ではありません。

では、なぜそもそも、このような「壁」が存在するのでしょうか。

目次

昔と比べて、時給はかなり上がっている

まず、現在と昔では、働く人を取り巻く環境が大きく変わっています。

厚生労働省の資料によると、全国加重平均の最低賃金は2002年度には663円でした。

それが2025年度には1,121円まで上がっています。

単純に比較すると、約1.7倍です。

例えば時給が700円だった時代に、

「年間100万円程度まで働く」

という働き方をしていた人が、時給1,100円になれば、同じ金額を稼ぐために必要な労働時間は大きく減ります。

逆に考えれば、同じ時間働いた場合には、以前よりずっと多く稼ぐことになります。

このため、

「時給はこれだけ上がっているのだから、年収の基準ももっと早く見直されてもよいのではないか」

という疑問が出てくるのは自然なことです。

実際、税制についてはこうした環境の変化を受けて見直しが行われています。

そもそも「年収の壁」は一つではない

ここで重要なのが、「年収の壁」という言葉です。

実は、すべて同じ制度の話ではありません。

大きく分けると、

  • 所得税に関する壁
  • 配偶者控除など税制上の壁
  • 社会保険に関する壁

などがあります。

そして、それぞれに制度を作った目的が違います。

例えば所得税は、所得に応じて税金を負担してもらう仕組みです。

一方、社会保険は、病気やけが、老後などに備えるための社会保障制度です。

そのため、

「年収が○万円を超えたら税金が増える」

という話と、

「年収が○万円を超えたら社会保険に加入する」

という話は、似ているようで別の問題です。

ここを一緒に考えると、「なぜこんな金額で区切るのか」という疑問がさらに大きくなってしまいます。

「働くほど手取りが減るように見える」問題

年収の壁が問題になる大きな理由の一つは、一定のラインを超えたところで負担が増えることです。

特に社会保険では、一定の条件を満たすと健康保険や厚生年金などの保険料負担が発生します。

厚生労働省も、収入が一定額を超えることで社会保険料の負担が発生し、それを避けるために勤務時間を調整する人がいることを「年収の壁」の問題として説明しています。

そのため、

「あと少し働けばもっと収入が増える」

という状態ならともかく、

「少し勤務時間を増やしただけなのに、社会保険料の負担が発生して手取りの増え方が小さくなった」

ということが起こります。

これが、「だったら、そこまで働かなくてもいいのではないか」という判断につながることがあります。

つまり、本人が「働きたくない」のではなく、

制度上、働く時間を増やすメリットが小さく見えてしまう

という場合があるわけです。

では、なぜこんな制度になっているのか

ここには、制度を維持する側にも理由があります。

一つは、社会保険を維持する必要があることです。

健康保険や厚生年金は、加入者が保険料を負担することで制度を支えています。

もし「一定の収入までは保険料を負担しなくてもよい」という仕組みを広く残すのであれば、その分を誰が負担するのかという問題が出てきます。

また、扶養されている人について一定の扱いをする仕組みには、

「すべての人に同じ負担を求める」

だけではなく、

「世帯の状況なども考慮する」

という考え方もあります。

つまり、壁には単純な「働かせないための仕組み」という側面だけではなく、社会保障制度の負担と給付をどう設計するかという問題が含まれています。

一方で、「制度が現実に追いついていない」という見方もある

ただし、反対側から見ると、やはり問題があります。

一番大きいのは、働き方や賃金水準が変化していることです。

最低賃金だけを見ても、2002年度の全国加重平均663円から、2025年度には1,121円まで上昇しています。

昔と同じ「年収○万円」という基準をそのまま使っていれば、

「同じ金額を稼ぐために必要な労働時間」

は当然短くなります。

つまり、年収という金額だけを基準にすると、

時給が上がったことによって、同じ年収に達するまでの労働時間がどんどん短くなる

という問題が起きます。

その結果、

「もっと働けるのに、年収の基準を気にして勤務時間を抑える」

という現象が生まれます。

人手不足が問題になっている現在では、これは社会全体から見ても無視できない問題です。

厚生労働省自身も、「年収の壁」を意識せず働くことができる環境づくりを進めています。

では、「壁を全部なくせばいい」のか

ここは簡単ではありません。

壁をなくせば、確かに「壁を超えないように勤務時間を調整する」という問題は小さくなる可能性があります。

しかし、それだけで問題がすべて解決するわけではありません。

例えば社会保険について考えてみると、

「保険料を負担する代わりに、厚生年金や健康保険の保障を受ける」

という仕組みでもあります。

負担だけを見ると「手取りが減った」と感じますが、社会保険への加入には、将来の年金や傷病時などの保障という側面もあります。

したがって、

「保険料を取られるから悪い制度」

と単純に考えることもできません。

逆に、

「社会保険に加入できるのだから、働く時間を増やせばいい」

とだけ考えるのも、実際の家計や家庭事情を考えれば簡単ではありません。

ここには、制度の公平性と、実際に働く人の手取りや働き方とのバランスという難しい問題があります。

実際、制度は少しずつ変わっている

こうした問題を受けて、制度そのものも変わり始めています。

2026年については、所得税の課税最低限が引き上げられ、給与収入だけの場合、178万円以下であれば所得税がかからない仕組みが示されています。

また、社会保険についても変更が予定されています。

いわゆる「106万円の壁」については、2025年の年金制度改正によって、月額8.8万円という賃金要件を撤廃することになっており、2026年10月に撤廃予定とされています。

つまり、

「昔から何も変わっていない」

わけではありません。

むしろ現在は、働き方や賃金の変化に合わせて、制度を少しずつ作り替えている途中ともいえます。

それでも「実態に合っていない」と感じる理由

それでも、年収の壁に違和感を持つ人がいるのは当然でしょう。

その理由は、おそらく「働く」という行為を、

1時間いくら

ではなく、

1か月、1年間でどれだけ働くのか

という単位で考えるからではないでしょうか。

時給が上がれば、1日働いたときの収入は増えます。

しかし、年間の収入を一定範囲に抑えようとすれば、今度は働く日数や時間を減らす必要があります。

例えば、

「時給が上がったから以前より稼げる」

はずなのに、

「年間の収入を考えると、勤務時間を増やせない」

という、一見すると矛盾した状態が生まれます。

これは「休日を増やしたい人が多い」という単純な話ではありません。

働く本人にとっては、

  • 家事や育児との両立
  • 扶養の問題
  • 社会保険料
  • 税負担
  • 会社側の勤務条件
  • 将来の年金や保障

などをまとめて考えた結果として、「ここまで働く」という選択をしている場合があります。

「もっと働けばいい」だけでは解決しない

年収の壁については、

「人手不足なのだから、もっと働いてもらえばいい」

という考え方があります。

これは一つの見方として理解できます。

働ける人が勤務時間を増やせば、企業にとっては労働力が増え、本人にとっても収入が増える可能性があります。

一方で、

「働ける時間をどこまで増やすかは、それぞれの家庭や生活の事情によって決めるべきだ」

という考え方もあります。

例えば、短時間勤務によって家庭との両立をしている人に、

「壁がなくなったのだから、もっと働けばいい」

と言っても、現実にはそう簡単ではありません。

したがって、年収の壁の問題は、

「働く人が怠けている」

とか、

「制度がすべて悪い」

という単純な話ではありません。

本当の問題は「金額」だけではないのかもしれない

ここまで見てくると、年収の壁について考えるときに重要なのは、

「103万円を178万円にする」

といった金額の変更だけではないことが分かります。

むしろ、

なぜ、その金額を超えると仕組みが変わるのか。

という制度そのものの分かりやすさが重要なのかもしれません。

税金の壁と社会保険の壁が別々に存在し、さらに配偶者控除や扶養の仕組みなども関係してくる。

これでは、働く側からすると、

「結局、いくらまで働くのが得なのか」

が非常に分かりにくくなります。

そして、「得か損か」だけを考えて勤務時間を調整することになれば、本来は本人が自由に決められるはずの働き方が、制度によって左右されてしまう可能性があります。

年収の壁は「働かせない制度」なのか

ここも、両方の見方ができます。

制度の側から見れば、税負担や社会保険負担を一定の基準で整理するための仕組みです。

一方、働く側から見れば、

「あと少し働くと負担が増えるなら、そこまで働かないでおこう」

というインセンティブが生まれることがあります。

結果として、制度を作った目的とは別に、「働く時間を抑える」という行動を誘発してしまう可能性があります。

特に人手不足が深刻になっている現在では、この点が以前より大きな問題として意識されるようになっています。

「時給が上がったのに、なぜ働ける時間は増えないのか」

これは、年収の壁を考えるうえで非常に分かりやすい疑問です。

時給が上がること自体は、働く人にとってプラスです。

しかし、年収によって税金や社会保険の扱いが変わる仕組みが残っていれば、

「時給が上がった分だけ、自由に働いて収入を増やす」

とはならない場合があります。

その意味では、

賃金の上昇と、税・社会保障制度の基準が別々に動いてきたこと

が、現在の違和感の一つの原因といえるでしょう。

だからこそ、単純に「壁をなくすべきだ」と考える人もいれば、

「社会保障の財源や公平性を考えれば、一定の線引きは必要だ」と考える人もいます。

どちらにも、それぞれ理由があります。

まとめ

「年収の壁」という言葉を聞くと、どうしても「103万円」という数字が頭に浮かびます。

しかし、現在は税制そのものが変わっており、2026年分の所得税については給与収入178万円以下という新しい基準が示されています。

一方、社会保険については106万円や130万円をめぐる仕組みがあり、こちらも制度改正が進んでいます。

そして、その背景には、

「働く人の手取りをどうするか」

「社会保険を誰が負担するのか」

「扶養という仕組みをどう考えるのか」

「人手不足の中で、どのように働いてもらうのか」

という、いくつもの問題があります。

時給が昔より大幅に上がった現在、

「昔と同じような年収基準で働き方を区切るのは、実態に合っているのだろうか」

という疑問が出てくるのは自然なことです。

ただ、その一方で、壁をなくせばすべて解決するわけでもありません。

年収の壁の問題は、

「いくらまで働けるか」だけではなく、「どのような働き方を社会として支えるのか」

という問題でもあるからです。

これから制度が変わっていくとしても、単に壁の金額を動かすだけではなく、実際の賃金水準や働き方、社会保険の負担と保障まで含めて考える必要があるのではないでしょうか。

大野

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