行政事件訴訟法9条の「法律上の利益」とは? 条文に書かれていない利益を、裁判所はどう判断するのか
行政事件訴訟法9条は、取消訴訟を起こすことができる人、つまり「原告適格」について定めた条文です。
同条1項は、取消訴訟を提起できる者を「法律上の利益を有する者」としています。
では、この「法律上の利益」とは、具体的に何を意味するのでしょうか。
例えば、市が事業者に工場の設置に関する許可を出したとします。その工場の近くに住む住民が、騒音によって健康被害を受けるおそれがあるとして、許可の取消しを求めた場合を考えてみましょう。
住民が被害を受ける可能性があることと、その住民に取消訴訟を起こす資格があることは、同じではありません。
問題となるのは、住民が不利益を受けるかどうかだけでなく、その利益が法律によって保護されているといえるかどうかです。
しかし、法律に「周辺住民一人ひとりの健康を保護する」と明記されていなければ、どのように判断すればよいのでしょうか。
今回は、行政事件訴訟法9条の「法律上の利益」を、条文の文言だけでは答えが出ないという問題から考えていきます。
1.法律に書かれていない利益を、なぜ保護できるのか
法律上の利益を考える際、まず押さえておきたいのは、法律に個人の利益が明記されているとは限らないということです。
例えば、ある法律が公害の防止を目的としているとします。
その法律に「周辺住民の健康を保護する」と直接書かれていなくても、騒音や振動を規制する規定が設けられているかもしれません。また、健康被害や生活環境への影響を防止するための仕組みが定められていることもあります。
この場合、法律の文言だけを読んで、「住民の健康を個別に保護するとは書かれていないから、原告適格はない」と結論づけることはできません。
一方で、公害防止を目的とする法律だからといって、すべての住民に当然に原告適格が認められるわけでもありません。
そこで必要になるのが、法律の規定や仕組みから、その法律が何を守ろうとしているのかを読み取る作業です。
つまり、法律上の利益は、条文に個人の利益が明記されているかどうかだけで判断するものではありません。
法律の文言や目的、規制の仕組みなどを手掛かりに、その人の利益まで法律が保護しようとしているといえるかを考えるのです。
2.何を手掛かりに、法律が保護する利益を読み取るのか
行政事件訴訟法9条2項は、処分の相手方以外の第三者について、法律上の利益の有無を判断する際の考慮事項を定めています。
具体的には、次の事項です。
① 根拠となる法令の趣旨・目的
まず、問題となる行政処分の根拠となる法律が、何を目的としているのかを確認します。
例えば、ある許可制度が産業活動の調整を目的としているのか、それとも周辺住民の健康や生活環境の保護も目的としているのかによって、保護される利益の範囲を考える手掛かりが変わります。
ただし、法律の目的に「健康」や「環境」が含まれていれば、直ちに周辺住民全員に原告適格が認められるというわけではありません。
重要なのは、その目的が個々の住民の利益を個別に保護する趣旨まで含んでいるかどうかです。
② 関係法令の趣旨・目的
次に、根拠となる法律だけでなく、関連する法律の目的や仕組みも検討します。
一つの法律だけを読んでも、その法律が保護しようとする利益の範囲が明確でないことがあります。
その場合、関連する法律がどのような利益を保護しているのかを調べることで、根拠法令の目的や保護範囲をより具体的に理解できる場合があります。
③ 利益の内容・性質
さらに、住民が守ってほしいと主張する利益そのものにも目を向けます。
例えば、生命や健康に関する利益と、単に周辺の景観が変わることへの不満とでは、利益の内容や性質が異なります。
もちろん、景観に関する利益だから法律上保護されないと一律に決まるわけではありません。どのような利益が、どのような法令によって保護されているかを検討する必要があります。
④ 被害の態様・程度
最後に、その利益がどのように、どの程度害されるおそれがあるのかを考えます。
例えば、事業による騒音や振動については、事業地との距離、被害の直接性、反復・継続性、想定される被害の重大さなどが判断材料になり得ます。
行政事件訴訟法9条2項は、根拠法令に違反して処分がされた場合に害される利益の内容・性質に加え、その利益が害される態様・程度も考慮するよう定めています。
このように、法律が保護する利益を読み取るためには、条文の文言だけでなく、法律全体の仕組みと、実際に生じ得る被害の内容を併せて検討する必要があります。
法律に明記されていなくても、読み取る手掛かりはある
では、法律に「周辺住民一人ひとりの健康を保護する」と書かれていない場合、裁判所は何を手掛かりに、法律が保護しようとしている利益を判断するのでしょうか。
行政事件訴訟法9条2項は、根拠となる法令の趣旨・目的、関係法令の趣旨・目的、利益の内容・性質、被害の態様・程度などを考慮するよう定めています。
具体的には、次のような規定が判断の手掛かりになります。
① 騒音や振動などを規制する規定
例えば、工場や道路などから発生する騒音・振動について、一定の基準を設けたり、被害の防止を求めたりする規定がある場合です。
こうした規定があれば、裁判所は、何のために騒音や振動を規制しているのかを考えます。
単に産業活動を適切に管理するためなのか、それとも、人の健康や生活環境への被害を防ぐことも目的としているのか。
もし、住民の健康や生活環境を守ることも目的としているなら、その利益が個々の住民についても保護されているかを検討する手掛かりになります。
ただし、騒音や振動の規制があるというだけで、周辺住民に原告適格が認められるわけではありません。規制の目的や仕組み、想定される被害などを併せて考える必要があります。
② 健康や生活環境の保護を目的とする規定
法律に、健康被害の防止や良好な生活環境の確保などを目的とする規定がある場合も、重要な手掛かりになります。
例えば、都市計画法2条は、都市計画の基本理念として、健康で文化的な都市生活と機能的な都市活動の確保を掲げています。
また、同法13条1項は、都市計画の基準として、公害防止計画との適合や良好な都市環境の保持などに関係する事項を定めています。
こうした規定から、裁判所は、都市計画に関する制度がどのような利益を守ろうとしているのかを検討できます。
もっとも、「健康で文化的な都市生活」という理念が掲げられているだけで、特定の住民に原告適格が認められるわけではありません。その理念が具体的な規制や制度とどのように結びついているかも重要です。
③ 住民への説明や意見聴取に関する規定
法律に、住民への説明、意見書の提出、公聴会などに関する規定がある場合も、判断の手掛かりになります。
例えば、都市計画法16条1項は、必要に応じて公聴会などを開催することにより、住民の意見を都市計画に反映させるために必要な措置を講ずることを定めています。
また、同法17条は、都市計画の案の公告・縦覧や、住民・利害関係人による意見書の提出について定めています。
こうした規定があれば、住民の意見や利害が制度の中でどのように位置づけられているのかを検討できます。
ただし、住民参加の手続が設けられていることと、住民一人ひとりに取消訴訟の原告適格が認められることは別の問題です。
手続に関する規定だけで、住民の健康や財産上の利益まで個別に保護する趣旨があると結論づけることはできません。
④ 被害を受ける人の範囲を想定した規定
法律や条例が、一定の地域や施設、被害を受けるおそれのある人などを想定して規制を設けている場合も、判断の手掛かりになります。
例えば、環境影響評価に関する制度で、事業による環境への影響が及ぶと考えられる地域を定めている場合です。
その地域区分は、どの範囲の住民が事業による影響を受けると想定されているのかを考える材料になります。
ただし、その地域に住んでいることだけで、あらゆる場合に原告適格が認められるとは限りません。根拠法令の目的や、実際に想定される被害なども検討する必要があります。
⑤ 被害の内容・直接性・程度
最後に、法律の規定だけでなく、実際にどのような被害が生じるおそれがあるかも重要です。
例えば、事業地の近くに住む人が、騒音や振動によって健康被害を受けるおそれがある場合と、遠く離れた場所に住む人が、景観の変化を不快に感じる場合とでは、被害の内容や直接性が異なる可能性があります。
裁判所は、事業の性質、居住地との距離、被害の反復・継続性、想定される被害の重大さなどを考慮し、法律が保護する利益との関係を検討します。
ここで注意したいのは、必ずしも個々人の被害を数値で測定して判断するわけではないということです。事業の性質や被害が発生する仕組みなどから、著しい被害を直接受けるおそれがあるかを判断する場合もあります。
手掛かりがあれば、答えが自動的に出るわけではない
以上のような規定や事実関係は、法律が保護する利益を読み取るための手掛かりです。
しかし、どれか一つの条件に当てはまれば、必ず原告適格が認められるというものではありません。
例えば、騒音を規制する規定があっても、その規定が住民個人の利益まで保護する趣旨を含むのかは、法律全体の目的や仕組みを踏まえて検討する必要があります。
また、住民への説明会が義務づけられていても、それだけで住民の健康や財産上の利益が個別に保護されているとは限りません。
重要なのは、具体的な条文や制度を手掛かりにしながら、その法律が何を守ろうとしているのか、そして誰の利益まで保護しようとしているのかを考えることです。
これが、行政事件訴訟法9条2項に基づく判断の基本的な考え方です。
3.住民への説明会や意見聴取の規定があれば、判断できるのか
ここで、一つ疑問が生じます。
法律に周辺住民への説明会や意見聴取の規定があれば、住民の利益が保護されていると判断しやすいのではないでしょうか。
確かに、住民参加の手続は、法律が住民をどのように位置づけているかを知る手掛かりになります。
しかし、住民への説明会が義務づけられていることと、住民に取消訴訟の原告適格が認められることは、同じではありません。
説明会の規定は、住民に情報を提供したり、意見を行政の判断に反映させたりするために設けられている可能性があります。それだけで、住民一人ひとりの健康や財産上の利益まで個別に保護する趣旨があるとは限りません。
反対に、住民への意見聴取の規定がなくても、法律の目的や規制の仕組みなどから、住民の健康を個別に保護する趣旨が読み取れる場合もあります。
したがって、手続に関する規定の有無だけで結論を出すことはできません。
個別の利益が保護されているかどうかは、住民参加の手続があるかという一つの事情だけではなく、法令全体の趣旨・目的や仕組みを踏まえて判断する必要があるのです。
4.小田急高架訴訟では、実際に何を手掛かりに判断したのか
この問題を具体的に考えるうえで参考になるのが、小田急高架訴訟(最高裁大法廷平成17年12月7日判決)です。
この事件では、小田急線の連続立体交差事業に関する都市計画事業の認可について、周辺住民らに取消訴訟の原告適格があるかが争われました。
最高裁は、単に「騒音や振動による被害があるから、住民にも原告適格がある」と判断したわけではありません。
判決では、都市計画法の規定をはじめ、関係する法令や条例の趣旨・目的などが検討されています。
具体的には、都市計画法が掲げる健康で文化的な都市生活の確保、良好な都市環境の保持、公害防止との関係などが考慮されました。また、住民の意見を反映させる手続や、事業地周辺の住民に対する説明などに関する規定も判断材料となりました。
さらに、騒音や振動などによる被害が、どのような人に、どのような形で及ぶのかという点も検討されています。
最高裁は、事業地の周辺に居住する住民のうち、事業によって健康や生活環境に著しい被害を直接受けるおそれがある者について、原告適格を認めました。
一方、関係地域外に居住する住民については、記録上、そのような著しい被害を直接受けるおそれがあるとは認められないとして、原告適格を認めませんでした。
この判断で重要なのは、法律に「この住民には原告適格がある」と直接書かれていたわけではないという点です。
最高裁は、都市計画法や関係法令・条例の規定、事業の性質、被害が生じる仕組み、住民の居住地などを手掛かりに、法律が保護する利益の範囲を判断したのです。
ただし、個々の住民について騒音を何デシベル受けているかといった数値を測定し、健康被害を医学的に認定したうえで原告適格を判断したわけではありません。
事業の性質や居住地との距離、被害の反復・継続性などから、著しい被害を直接受けるおそれがある範囲を判断したのです。
5.それでも、裁判官によって解釈が分かれるのではないか
ここまで読んで、次の疑問を持つ方もいるでしょう。
法律の目的や規制の仕組みを手掛かりにするといっても、どこまで読み取るかは、結局、裁判官の解釈次第なのではないか。
この疑問はもっともです。
法律の文言だけで答えが決まらない場合、法律の目的や規制の仕組みをどのように解釈するかによって、結論が分かれる余地があります。
実際、小田急高架訴訟でも、裁判官の間で意見が分かれた論点がありました。
つまり、法律上の利益の判断には、すべての事件について機械的に答えが出るような明確な数値基準が用意されているわけではありません。
では、どのように判断の統一が図られているのでしょうか。
重要になるのが、判例です。
最高裁判所が、ある法令について、その目的や保護する利益、原告適格の判断基準を示せば、同種の事件において重要な指針となります。
ただし、判例があるからといって、あらゆる事件の結論が自動的に決まるわけではありません。具体的な事実関係が異なれば、判例の考え方をどのように適用するかが問題になります。
それでも、裁判官が個人的な感覚だけで自由に結論を出せるわけではありません。法令や判例に照らして、判断の根拠を示すことが求められます。
判断の枠組みを共有し、過去の判例を指針としながら、個々の事件の事実関係に即して解釈する。これが、法律上の利益の判断を一定の方向に統一していく仕組みです。
6.行政事件訴訟法9条を、どう理解すればよいのか
行政事件訴訟法9条を理解するうえで、押さえておきたい点を整理します。
第一に、法律上の利益は、単に不利益を受けているというだけでは認められません。その利益が法律によって保護されているといえる必要があります。
第二に、法律に個人の利益が明記されていなくても、法令の趣旨・目的や規制の仕組みなどから、個人の利益まで保護する趣旨が読み取れる場合があります。
第三に、その判断は法律の文言だけで自動的に決まるわけではありません。関係法令、被害の内容・性質、被害が生じる態様・程度などを踏まえて解釈する必要があります。
第四に、解釈には幅があり、裁判官の間で意見が分かれることもあります。そのため、判例が判断の重要な指針となります。
行政書士試験では、第9条1項の「法律上の利益を有する者」という文言を暗記するだけでなく、第9条2項が何のために設けられているのかを理解することが大切です。
第9条2項は、法律に明記されていない利益を、裁判所が自由に保護してよいとする規定ではありません。
法律の趣旨・目的や保護する利益の内容などを手掛かりに、第三者の原告適格を判断するための枠組みを定めた規定なのです。
法律に答えがそのまま書かれていないからこそ、何を手掛かりに解釈し、どのような理由で結論を出すのかが重要になる。
これが、行政事件訴訟法9条の「法律上の利益」を理解するうえでの核心です。
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大野