行政事件訴訟法11条「被告適格」とは? なぜ市長ではなく市を訴えるのか

行政事件訴訟法11条は、取消訴訟を起こすときに、誰を被告にしなければならないのかを定めた条文です。

条文を読むと、少し不思議に感じるところがあります。

例えば、市長が行政処分をした場合、その処分を取り消してほしいのであれば、市長を訴えればよさそうです。

ところが、行政事件訴訟法11条1項によれば、原則として、被告になるのは市長ではなく、その市長が所属する市です。

なぜ、処分をした本人ではなく、その人が所属する組織を訴えるのでしょうか。

また、条文には「行政庁が国又は公共団体に所属する場合」とあります。行政庁とは何か、国や公共団体に所属するとはどういうことなのか、という点も理解しておきたいところです。

今回は、行政事件訴訟法11条の内容を、具体例を交えながら整理していきます。

目次

1.そもそも「被告適格」とは何か

まず、「被告適格」という言葉から考えてみましょう。

被告とは、訴訟を起こされた側のことです。

では、被告適格とは何でしょうか。

簡単にいえば、その訴訟で、被告として指定すべき者が誰なのかという問題です。

例えば、行政庁がした処分に納得できず、その処分を取り消してほしいと考えたとします。

このとき、訴訟を起こす側は原告です。

一方、誰を被告にするのかについては、自由に決められるわけではありません。行政事件訴訟法11条が、取消訴訟の被告となる者を定めています。

処分に不満があるからといって、処分を担当した職員や、担当者の上司を被告にすればよいというものではありません。

誰を被告にすべきかは、その人がどのような役職に就いているかだけでなく、法律上の仕組みによって決まるのです。

2.第1項:行政庁が国や公共団体に所属する場合

まず、11条1項を見てみましょう。

処分又は裁決をした行政庁が国又は公共団体に所属する場合には……

ここで重要なのは、「行政庁」と「国又は公共団体」を区別することです。

行政庁とは、行政上の意思を決定し、それを外部に表示する権限を持つ機関をいいます。

例えば、国土交通大臣、都道府県知事、市町村長などです。

一方、国や公共団体は、行政庁が所属する組織です。

具体例で考えてみましょう。

市長が行政処分をした場合

ある人が市の行った行政処分に納得できず、その取消しを求めるとします。

このとき、次のように整理できます。

  • 処分をした行政庁:市長
  • 市長が所属する公共団体:市
  • 取消訴訟の被告:市

つまり、原則として市長個人ではなく、市を被告にして訴訟を起こします。

同じように、都道府県知事がした処分なら都道府県が、国土交通大臣がした処分なら国が、原則として被告になります。

なぜでしょうか。

取消訴訟は、行政処分そのものを取り消すことを求める訴訟だからです。処分を担当した人個人の責任を追及することが、訴訟の目的なのではありません。

行政庁が法律上の権限に基づいて行った処分について争うため、法律は、その行政庁が所属する国や公共団体を被告とする仕組みを採用しています。

3.第1項の1号と2号は何が違うのか

11条1項には、さらに2つの号があります。

一 処分の取消しの訴え 当該処分をした行政庁の所属する国又は公共団体

二 裁決の取消しの訴え 当該裁決をした行政庁の所属する国又は公共団体

どちらも、行政庁が所属する国や公共団体を被告とする点では同じです。

では、なぜ分けているのでしょうか。

それは、処分の取消訴訟と裁決の取消訴訟では、争っている対象が違うからです。

処分の取消しを求める場合

例えば、行政庁から営業許可を取り消された人が、その処分自体を取り消してほしいと考えた場合です。

この場合は、処分をした行政庁が所属する国または公共団体を被告にします。

裁決の取消しを求める場合

行政処分に不服がある場合、一定の条件のもとで審査請求を行うことがあります。その審査請求に対して、審査庁が判断を示すことを「裁決」といいます。

その裁決自体の取消しを求める場合は、裁決をした行政庁が所属する国または公共団体を被告にします。

ここで注意したいのは、処分をした行政庁と、裁決をした行政庁が、必ずしも同じとは限らないということです。

例えば、市の処分に対する審査請求について、都道府県知事が裁決する場合があります。

このとき、処分の取消しを求める訴訟と、裁決の取消しを求める訴訟では、被告が異なることがあります。

条文が1号と2号を分けているのは、このような違いがあるためです。

4.第2項:行政庁が国や公共団体に所属しない場合

次に、11条2項です。

処分又は裁決をした行政庁が国又は公共団体に所属しない場合には、取消訴訟は、当該行政庁を被告として提起しなければならない。

第1項では、行政庁が国や公共団体に所属していることを前提としていました。

では、所属先となる国や公共団体がない場合はどうなるのでしょうか。

その場合は、処分や裁決をした行政庁自身を被告にします。

第1項と第2項を比べると、次のようになります。

場合被告
行政庁が国に所属する国
行政庁が公共団体に所属するその公共団体
行政庁が国・公共団体に所属しないその行政庁自身

ただし、ここでいう「所属しない」とは、単に独立性が高い、あるいは独立行政法人のような名称が付いているというだけで決まるものではありません。

その機関が法律上どのような位置づけにあり、行政庁として処分権限を持つのかを確認する必要があります。

第2項の具体的な適用については、個別の機関の設置根拠や法令上の仕組みによって判断します。

5.第3項:第1項・第2項では被告を決められない場合

最後に、11条3項です。

前二項の規定により被告とすべき国若しくは公共団体又は行政庁がない場合には、取消訴訟は、当該処分又は裁決に係る事務の帰属する国又は公共団体を被告として提起しなければならない。

この規定は、前の2つの項によって被告を決められない場合に備えたものです。

第1項では、行政庁が所属する国や公共団体を被告にします。

第2項では、行政庁自身を被告にします。

しかし、何らかの理由で、そのどちらにも当てはまる被告が存在しない場合があります。

その場合は、処分や裁決に係る事務が帰属する国または公共団体を被告にします。

ここで重要なのは、第3項では、行政庁の所属先ではなく、その事務がどの国・公共団体に帰属するかに着目しているという点です。

第1項・第2項で被告を決められないときに、事務の帰属先を基準として被告を定める。これが第3項の役割です。

なお、第3項は、単に被告が見つからなかったり、訴えたい相手がわからなかったりする場合に、自由に被告を選べるという規定ではありません。法律上の被告適格を定める補充的なルールです。

6.処分をした行政庁が変わった場合はどうなる?

11条1項の冒頭には、次のような括弧書きがあります。

処分又は裁決があつた後に当該行政庁の権限が他の行政庁に承継されたときは、当該他の行政庁。

これは、処分や裁決をした後に、その権限が別の行政庁に引き継がれた場合のルールです。

例えば、ある行政庁が処分をした後、組織の再編などによって、その権限が別の行政庁に移ったとします。

この場合、処分をした当時の行政庁だけを基準にするのではなく、権限を承継した行政庁を基準に考えます。

行政組織は、再編や権限の移管などによって変化することがあります。

そのため、処分がされた時点の組織だけに注目するのではなく、権限が承継された場合にも対応できるようにしているのです。

7.取消訴訟の被告は、なぜ法律で決められているのか

ここまでの内容を、少し大きな視点から考えてみましょう。

民事訴訟であれば、例えば、お金を貸した相手が返してくれない場合、原則として、その返還義務を負う相手に対して訴訟を起こします。

では、行政処分を取り消してほしい場合はどうでしょうか。

処分をした職員個人を訴えればよいのでしょうか。それとも、その職員の上司でしょうか。あるいは、その職員が勤務する役所でしょうか。

行政組織にはさまざまな機関があり、役割や権限も法律によって定められています。

そのため、取消訴訟についても、誰を被告とすべきかを法律で明確にしておく必要があります。

行政事件訴訟法11条は、そのための規定です。

行政処分に不服がある場合でも、被告は感情的に選ぶものではありません。法律上、誰が被告となるのかを確認しなければならないのです。

8.行政書士試験では、どう整理すればよいか

最後に、試験対策として11条の内容を整理しておきましょう。

条文被告を決める基準
1項行政庁が所属する国・公共団体
1項1号処分をした行政庁の所属先
1項2号裁決をした行政庁の所属先
2項国・公共団体に所属しない行政庁自身
3項処分・裁決に係る事務が帰属する国・公共団体

特に押さえておきたいのは、次の3点です。

第一に、行政庁と国・公共団体は別のものです。

行政庁は、行政上の意思を決定し、外部に表示する権限を持つ機関です。国や公共団体は、その行政庁が所属する組織です。

第二に、取消訴訟では、原則として行政庁個人ではなく、その所属先を被告にします。

市長がした処分であれば市、知事がした処分であれば都道府県、大臣がした処分であれば国、というように整理します。

第三に、第3項は補充的な規定です。

第1項・第2項で被告とすべき者がいない場合には、処分や裁決に係る事務の帰属先である国または公共団体を被告とします。

行政事件訴訟法11条は、単に「誰を訴えるか」を暗記するだけの条文ではありません。

行政庁、行政庁の所属先、そして行政事務の帰属先という3つの視点を区別すると、条文の構造が理解しやすくなります。

行政法では、誰が処分をしたのかだけでなく、その機関がどのような法的な位置づけにあるのかを考えることが大切です。

大野

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