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はじめに

「会社を売却したい」「事業の一部だけを譲渡したい」そんな場面で登場するのが**「事業譲渡」**という手法です。特に、株式会社と合同会社(LLC)では、この事業譲渡の手続きに違いがあることをご存知でしょうか?

この記事では、そもそもの事業譲渡の意味と使われる場面、そして株式会社と合同会社それぞれにおける手続きの流れと法律上の根拠について、わかりやすく解説します。

1. そもそも「事業譲渡」とは何か?

事業譲渡とは、会社が営む事業の全部または一部を、他の会社や個人に対価を得て譲渡することをいいます。

  • ✅ 譲渡されるもの:商品、取引先、従業員、契約、ノウハウ、店舗など
  • ✅ 対価:現金や株式が一般的

▶ 例:

例えば、飲食チェーンA社が経営する京都店だけを他社Bに売却する場合、それは「事業譲渡」にあたります。会社そのものは残りますが、京都店のノウハウや従業員、レシピなどがまとめて譲渡されます。

2. 事業譲渡と「会社売却」「M&A」との違い

  • 株式譲渡:会社そのものの“所有権”が移転する
  • 合併・吸収分割:会社間の組織再編として実施される
  • 事業譲渡:特定の“事業”だけを選択的に移転できる柔軟な方法

そのため、「いらない事業だけ切り離したい」「主要事業を他社に買収してもらいたい」といった戦略的な場面でよく用いられます。

3. 株式会社と合同会社の違いとは?

比較項目株式会社合同会社
所有と経営原則分離(株主と取締役)一致(出資者=社員)
出資者株主社員(出資者全員を指し、兼経営者)
代表者代表取締役代表社員
設立費用(目安)高い(登録免許税 最低15万円〜、定款認証手数料 約5万円)合計20万円以上安い(登録免許税 最低6万円〜、定款認証不要)合計10万円前後
定款認証公証人による認証が必要不要
意思決定株主総会による決議(出資額に応じた議決権)・取締役会による決議原則、社員全員の同意(定款で柔軟に規定可能)
利益分配原則、出資割合に応じて株主に配当定款で自由に規定可能(出資割合に関わらず)
役員の任期あり(原則2年、最長10年)任期満了ごとに登記・費用が発生なし(役員変更登記の手間・費用が不要)
決算公告義務あり(公開性は高い)なし(公開性は低く、柔軟)
資金調達株式発行による増資が可能(上場も選択肢に)株式発行不可(主に借入、自己資金、社債など)
社会的信用一般的に高い、認知度も高い株式会社より低いと感じられることがあるが、近年増加傾向

この組織構造の違いが、事業譲渡の際の手続きの違いにも大きく影響します。

4. 【株式会社】の事業譲渡手続きと会社法の根拠

株式会社では、重要な事業の譲渡に該当する場合、株主総会の特別決議が必要になります。

▼ 会社法の根拠条文

  • 会社法第467条第1項

株式会社がその事業の全部又は重要な一部を譲渡するには、株主総会の特別決議を要する。

株主総会決議が「必要になる」ケース(467条)

会社法第467条第1項によれば、以下のいずれかに該当する場合、株主総会の特別決議が必要です:

該当ケース内容
① 事業の全部の譲渡現在営んでいるすべての事業を他社に譲る場合
② 重要な一部の譲渡会社の主要部門など、会社の存続・経営に大きな影響を与える事業の一部を譲る場合
③ 譲渡により譲渡会社が事業を行わなくなる場合例えば、すべての事業を譲渡し、清算に向かうような場合
  • 会社法第309条第2項11号

議決権を行使できる株主の過半数が出席

特別決議の定義(議決権の2/3以上の賛成)

✅ 株式会社における事業譲渡:誰が決めるのか?

譲渡の規模・重要性必要な決議機関根拠条文
① 重要な事業の全部または重要な一部の譲渡株主総会の特別決議会社法467条
② 軽微な(重要でない)事業の一部の譲渡取締役会決議のみでOK会社法上の明文なし(経営判断の範囲)
代表取締役のみの決定??
362条4項1号は「重要な財産の処分」と規定している・・・。

✅ 取締役会決議で可能なケース(株主総会不要)

取締役会決議だけで済むのは、たとえば次のようなケースです:

  • 副業的にやっていたEC事業を他社に売却(本業が飲食業など)
  • 一部店舗だけの売却(全体の売上や資産のごく一部にとどまる)
  • 事業ではなく「資産」の譲渡に近い(事業性が希薄)

ポイントは、「重要性」や「会社の本体性への影響」が小さいこと。

❗ 重要かどうかの判断基準(実務的に使われる目安)

  • 売上や利益の何%を占めるか?
  • 譲渡により会社の主力事業がなくなるか?
  • 社名やブランド、従業員の多数を移すか?
  • 「会社のアイデンティティ」が変わるレベルか?

→ これらを総合的に見て「重要」と判断されれば株主総会決議が必要になります。

✅ 取締役会で完結させるための注意点

  • 契約の内容・譲渡対象の事業の説明資料を社内でしっかり残しておく
  • 将来的な株主からの争いを避けるため、適正な譲渡価格や手続きの透明性を担保
  • 取締役会議事録に、重要性が小さいため株主総会決議を要しないと判断した理由を記載するとベスト

🔍 実務でよくある質問

Q. 株主総会を経ないで事業譲渡を進めたら、後から問題になることはある?
A. はい、可能性はあります。とくに少数株主から「重要な事業譲渡だった」と指摘されると、手続違反として争いのもとになります。重要性の判断がグレーな場合は、安全策として株主総会決議を経るのが無難です。

✅ 手続きの正しい順番(重要な事業譲渡の場合)

手順内容根拠・目的
① 取締役会の開催事業譲渡を実施するかを決議し、株主総会に付議することを決定会社法362条4項1号「重要な財産の処分」等
② 株主総会の招集通知株主に対し議案・日時等を通知会社法299条・会社法施行規則63条など
③ 株主総会(特別決議)事業譲渡の実施について決議(議決権の3分の2以上の賛成)会社法467条、309条2項11号
④ 譲渡契約の締結決議を受けて正式な契約を締結私法上の契約行為(契約自由の原則)
⑤ 必要な登記・届出・実行資産の引渡し、許認可の承継、取引先等への周知など実務手続き上の対応

✅ なぜ取締役会が先なのか?

会社法第362条第4項は、取締役会の権限を明確に規定しています。

特に第1号:

「重要な財産の処分及び譲受け」

これは、重要な事業譲渡が「会社の財産構成を大きく変える行為」だからです。

したがって、まず取締役会で、

  • 事業譲渡の具体的内容(対象・価格・相手方など)
  • 株主総会に付議するかどうか
    を検討・承認する必要があります。

この取締役会で承認された内容をもとに、株主総会での特別決議へと進みます。

✅ 一部の事業を譲渡する場合の手続きの違い

譲渡する事業の重要性必要な手続き取締役会の開催株主総会の開催根拠条文
❶ 重要な事業の一部取締役会決議 → 株主総会特別決議必須(会社法362条4項1号)必須(会社法467条1項2号)362条、467条
❷ 重要ではない一部(軽微)取締役会決議のみ or 代表取締役判断通常は開催(実務慣行)不要実務解釈

🔍もう一度: 重要性判断の目安(実務上の基準)

基準判断ポイントの例
売上割合全体売上の30%以上を占める部門の譲渡
収益性主力商品の販売事業の譲渡など
ブランド社名と同じブランド事業、創業事業の譲渡
継続性譲渡後、会社の事業の柱がなくなるような場合

✅ 取締役会は原則必要

上記いずれのケースでも、取締役会設置会社であれば、

  • 譲渡内容の検討・承認
  • 株主総会への付議決定

といった点で、取締役会の開催は必要です(362条4項1号:「重要な財産の処分」)。

※重要でない軽微な譲渡であっても、議事録に判断過程を残すために取締役会での確認を行うのが実務的には安全です。

質問回答
株主総会を開く前に取締役会は必要?必要
根拠条文会社法362条4項1号(重要な財産の処分)
目的株主総会に付議する議案の決定と承認
株主総会の決議が必要になる条文会社法467条(事業譲渡)、309条2項11号(特別決議)

✅ まとめ

ケース決議機関解説
重要な事業譲渡株主総会の特別決議法令上明記(会社法467条)
重要性が小さい事業の譲渡取締役会決議のみでOK実務上多数。定款・登記事項・全体影響を要検討

▼ 株式会社での手続きの流れ

  1. 譲渡条件の交渉・契約書作成
  2. 取締役会の開催
  3. 株主総会を招集(2週間前の通知)
  4. 特別決議で承認
  5. 契約締結・クロージング(実行)
  6. 必要に応じて公告・債権者保護手続(例:債務引受を伴う場合)

5. 【合同会社】の事業譲渡手続きと会社法の根拠

合同会社における事業譲渡の手続きは、株式会社とは異なり、明確に「事業譲渡」に関する定めを置いた条文が存在しないのが特徴です。そのため、以下のように整理して考える必要があります。

■ 合同会社における業務執行の原則(会社法第590条)

会社法第590条第2項では、次のように規定されています。

合同会社の社員が2人以上いる場合には、定款に別段の定めがある場合を除き、
業務に関する決定は「社員の過半数の一致」により行う。

つまり、「業務執行」の範囲内であれば、過半数の社員の同意があれば足りるというのが原則です。

ただし、「事業譲渡」がこの「通常の業務」に含まれるかどうかが問題になります。

■ 事業譲渡は「通常業務」か? それとも「重要事項」か?

事業譲渡のうち、とくに「事業の全部」または「会社の根幹に関わる重要な一部の譲渡」は、会社の実体を大きく左右する重大事項に該当します。したがって、そのような場合には、たとえ明文規定がなくても、社員全員の同意を得るべきと解するのが安全かつ実務的です。

一方で、営業の一部や特定資産の売却など、比較的小規模な譲渡であれば、「業務の一環」として過半数の同意で進めることも可能です。

■ 定款による意思決定ルールの整備が重要

会社法は合同会社に対し、柔軟な運営を許容しています。そのため、事業譲渡に関する意思決定方法は定款で自由に定めることが可能です。

例:
「会社の事業の全部または重要な一部を譲渡する場合には、社員全員の同意を必要とする。」

このように定款に規定しておけば、紛争や手続きミスを未然に防ぐことができます。

■ 実務上の留意点

  • 明文規定がないからといって過半数の同意のみで進めるのは危険な場合あり
  • 重要な事業譲渡は「全員同意」が望ましい(トラブル防止の観点から)
  • 定款を確認・整備しておくことがベストプラクティス

■ まとめ

項目内容
根拠条文会社法第590条(業務決定は社員の過半数)
明文での事業譲渡規定✕(合同会社にはなし)
全員同意の必要性明記はないが、重要な譲渡では望ましい
実務対応定款で意思決定ルールを定めておくこと

▼ 合同会社での手続きの流れ

  1. 譲渡条件の協議
  2. 社員全員の同意(書面または議事録)
  3. 契約書締結・クロージング
  4. 必要に応じて登記や公告

6. 事業譲渡の注意点とポイント

✅ 契約書の内容が非常に重要

  • 譲渡資産の範囲
  • 債務の承継方法
  • 従業員の引継ぎ
  • 秘密保持・競業避止条項

✅ 債権者・従業員対応も忘れずに

債務を移転する場合や従業員を引き継ぐ場合には、関係者への通知・同意取得が必要です。

7. まとめ:株式会社と合同会社での事業譲渡の違いとは?

比較項目株式会社合同会社
意思決定機関株主総会(特別決議)社員の過半数??
法的根拠会社法467条、309条会社法590条??
手続きの煩雑さやや複雑比較的シンプル
公開性・透明性高い低め

最後に

事業譲渡はM&Aの一形態として非常に実務的な場面で用いられていますが、その実施には会社形態ごとの法的要件を押さえることが不可欠です。

合同会社は柔軟に、株式会社は慎重に

いずれにせよ、事業譲渡を検討している方は、専門家の支援を得ながら進めることをおすすめします。

大野