神社には鳥居があり、寺に鳥居がない理由―四天王寺に鳥居があるのはなぜか?ー
神社に行くと必ず目にする「鳥居」。
一方で、お寺の入口には基本的に鳥居はありません。
しかし、大阪の四天王寺には、寺であるにもかかわらず鳥居が建っています。
なぜこのような違いが生まれたのでしょうか。
この記事では、
- 鳥居とは何か
- なぜ神社にだけ鳥居があるのか
- なぜ寺には鳥居がないのか
- 四天王寺に鳥居がある理由
を、歴史と宗教観の違いから分かりやすく解説します。
目次
鳥居とは何か ― 神域と現世を分ける門
鳥居は、神社の入口に立つ門であり、次のような意味を持っています。
- ここから先は「神の領域(神域)」である
- 現世と聖なる世界の境界を示す
- 人が神に会いに行く入口
つまり鳥居は、
「ここから先は、日常とは違う神聖な空間ですよ」
と示す結界の役割を果たしています。
これは、自然の中に神が宿ると考える神道の世界観に基づくものです。
なぜ神社には鳥居があるのか
神道では、山・森・岩・滝など、自然そのものが神の依り代(よりしろ)と考えられてきました。
そのため神社は、
- 明確な建物よりも
- 「ここから神の領域」という境界の表示が重要
になります。
そこで設けられたのが鳥居です。
鳥居の役割は、
- 神域と人間界を分ける
- 心身を清める意識を切り替える
- 神に近づくための精神的な関門
という、空間と心の両方の区切りなのです。
なぜ寺には鳥居がないのか
一方、仏教寺院の入口には、鳥居の代わりに次のような門があります。
- 山門
- 仁王門
- 中門
これは仏教の考え方の違いによるものです。
仏教では、
- 仏は特定の場所に宿る存在ではない
- 修行と教えによって悟りに至る存在
と考えられます。
そのため寺院では、
- 神域と現世を分ける結界としての鳥居は不要
- 修行の段階を示す門(山門など)が置かれる
という構造になっています。
つまり、
| 神社 | 寺 |
|---|---|
| 神が「そこに宿る」 | 仏は教えと修行の対象 |
| 境界を示す鳥居が必要 | 修行の門として山門が必要 |
という宗教観の違いが、入口の形式の違いに表れているのです。
神仏習合の時代 ― 寺にも鳥居があった
ただし、日本の歴史では、長い間
- 神道と仏教は明確に分かれていなかった
- 神と仏は同一視されていた
時代がありました。これを神仏習合といいます。
神仏習合の時代には、
- 神社に仏像が置かれ
- 寺に神が祀られ
- 鳥居が寺の境内に建つ
という例も珍しくありませんでした。
四天王寺に鳥居がある理由
大阪の四天王寺は、正式には仏教寺院ですが、境内に鳥居が建っています。
これは、四天王寺の中にある
- 四天王寺鎮守社(鎮守神)
を祀る神社の入口として、鳥居が建てられているためです。
四天王寺は、
- 聖徳太子が建立した日本最古級の寺院
- 古くから神仏習合の影響を強く受けてきた寺
であり、境内に神社を併設する構造が残っています。
つまり、
- 寺の中に神社があり
- その神社部分の入口として鳥居がある
というのが、四天王寺の鳥居の正体です。
「寺に鳥居がある」のではなく、
「寺の中の神社に鳥居がある」
という形なのです。
まとめ ― 鳥居の有無が示す宗教観の違い
最後に整理します。
- 鳥居は、神域と現世を分ける神道の結界
- 神社には神が「宿る」ため、鳥居が必要
- 寺では修行と教えが中心で、鳥居は不要
- ただし神仏習合の影響で、寺に鳥居が残る例もある
- 四天王寺の鳥居は、境内の鎮守神社の入口である
鳥居の有無は、単なる建築様式ではなく、
神道と仏教の世界観の違いそのもの
を表しているのです。
大野