ある日、あなたが通勤途中の駅前で、人が倒れているのを見つけたとします。
「大丈夫ですか?」と声をかけ、救急車を呼ぶ。
それはごく自然な人間の行動です。
しかし、この“善意の行動”が、法的なトラブルに発展することがあるとしたら、どう感じるでしょうか。
■「緊急事務管理」とは
民法には「事務管理」という考え方があります。
これは、他人のために勝手に事務を行ったときの法律関係を整理したルールです。
たとえば、
・留守中の隣人の家で火事が起きたので、水をかけて鎮火した
・倒れている人を病院に運んだ
といった行為がこれに当たります。
これらは「善意で他人のために行う行為」ですが、法律上は「他人の事務を本人のために行う行為」として扱われます。
■ 善意がトラブルになる理由
事務管理のルールでは、
「本人のために適切に行動しなければならない」と定められています。
もし、その行為が「不適切だった」と判断されれば、
“善意で助けた人が責任を問われる” という事態も起こり得るのです。
たとえば、
倒れている人を無理に動かして骨折させた
医療費の立て替えをしたが、相手が拒否した
SNSに「助けました」と投稿してプライバシーを侵害した
といったケースでは、後から「余計なことをされた」として争いになる可能性があります。
■ 緊急時の例外
ただし、命に関わる場面では「緊急事務管理」として一定の免責が認められます。
民法698条では、
「本人の意思を確かめることができない場合において、本人の利益のために必要な行為をしたときは、その行為は本人の意思に反することが明らかでない限り有効とする」
と規定されています。
つまり、「命を守るための応急処置」は原則として責任を問われません。
ですが、それでも「どこまでが適切な範囲か」はケースによって判断が分かれます。
■ では、私たちはどうすればいいのか
結論から言えば、専門家(救急隊や警察)につなぐことが最優先です。
素人判断で過度な介入をせず、
救急車を呼ぶ
周囲に協力を求める
必要であればAEDを使う
これだけで十分「命を守る行動」になります。
■ まとめ
法律は冷たく見えることもありますが、その根底には「責任を明確にする」という目的があります。
緊急事務管理のルールは、善意の行動を否定するものではありません。
ただし、**「善意でも責任が発生することがある」**という現実を知っておくこと。
それが、いざという時に冷静に動けるための“法律の知恵”です。
🩺 法律と人間の境界線は、善意と責任のはざまにあります。
誰かを助けるときこそ、私たちは最も慎重で、そして最も人間らしくなれるのかもしれません。
南本町行政書士事務所 特定行政書士 西本