戦後の日本、昭和天皇、吉田茂、その歴史を学ぶ、聞いているときに出てくる人物として白洲次郎という方がいます。

明石家さんまさんが好きだとおっしゃっている人物でもあります。

では、白洲次郎とはどんな人物なのでしょう。

明治35年(1902年)に兵庫県の芦屋の武家出身の資産家の家に生まれ、17歳でイギリスにわたり、帰国後は政財界の要人と関わることが多かった人物です。

吉田茂の側近として有名な人で、GHQとの折衝に当たった人物です。

あのマッカーサーに対してもブチギレた話は有名です。

天皇陛下がマッカーサーにプレゼントを渡すも、マッカーサーが「そこらへんに置いといて」といったことに対して、「天皇陛下からの贈り物を適当に置けとは何事か」と切れたそうです。

また、口癖として有名なのは「日本は戦争には負けたが、奴隷になったわけではない」というものです。

戦後の日本にとってここまで言える人はそう多くなかったと思います。これが言える人物が近くにいるというのは吉田茂も心強かったでしょう。

ここまで言えるのはなぜでしょうか。それは白洲次郎の思考と行動の軸によるものだと考えられます。

白洲次郎の思考と行動の軸は、プリンシプルだそうです。
原理原則を大事にするということです。
本人の言葉でいうと「筋を通す」ことだそうです。

「プリンシプルを持って生きていれば、人生に迷うことは無い。プリンシプルに沿って突き進んで行けばいいからだ。そこには後悔も無いだろう」

後悔なく人生を全うできたのでしょうか、聞いてみたいところです。

ここまで書いてきましたが、ちょっと調べただけで芯をしっかり持っている人物なんだな、と思えるエピソードがたくさん出てきます。

好きな人が多いのも頷けます。

実際にあったらめちゃくちゃ怖いのか、寡黙な人なのか、どちらなのでしょうか。

28日は月命日だそうです。

大野