契約書をAIが書く時代に、「合意」とは何なのか
「契約書を作ってください」とAIに入力すれば、数秒でそれらしい契約書ができる。
業務委託契約書、秘密保持契約書、売買契約書、利用規約――。
契約書の「文章を書く」という作業だけを見れば、AIはすでにかなりのことができるようになりました。
では、契約書がAIによって簡単に作れるようになったとき、私たちは何を考えればいいのでしょうか。
おそらく、その一つが「合意とは何なのか」という問題です。
契約書があることと、合意していることは同じではない
契約というと、「契約書にサインをしたから成立した」と考えがちです。
しかし、本当に重要なのは、契約書という書面そのものではありません。
その契約書に書かれている内容について、当事者同士が「この条件で取引をする」と合意していることです。
たとえば、業務委託契約書に、
- どのような業務を行うのか
- 報酬はいくらなのか
- いつ支払うのか
- 納期はいつなのか
- 修正は何回までなのか
- 契約を途中で終了できるのか
といった条項が書かれていたとします。
契約書としては、とてもきれいにまとまっているかもしれません。
しかし、発注者と受注者がそれぞれ違う認識を持ったまま、その契約書にサインしていたとしたらどうでしょうか。
「修正は3回まで」と書いてあるけれど、発注者は「軽微な修正なら何回でもできる」と思っている。
「納品」と書いてあるけれど、受注者は「データを送れば納品完了」と考え、発注者は「検収が終わって初めて納品」と考えている。
この場合、契約書は存在しています。
しかし、そこに書かれた条件について、本当に当事者の合意があったのかという問題が生じます。
つまり、契約書を作ることと、契約条件について合意することは別の問題なのです。
AIは「合意」を作ることができるのか
ここが、AIで契約書を作る時代に考えておきたい重要なポイントです。
AIは、契約書の文章を作ることができます。
「業務委託契約書を作って」と指示すれば、一般的な条項を含んだ契約書を提示してくれるでしょう。
しかし、AIが自動的に作った条項について、
「本当にこの条件で取引するのですか?」
と、当事者同士が確認したわけではありません。
AIが、
「損害賠償の上限は報酬額を上限とする」
と書いたとしても、それはAIと相手方との合意ではありません。
依頼者がその条項を確認し、
「この条件でいい」
と考え、さらに相手方もその条件を受け入れて初めて、契約条件として意味を持ちます。
AIは文章を作ることはできます。
しかし、当事者の代わりに合意することはできません。
「AIが作った契約書」に潜む問題
AIを使って契約書を作ること自体が問題なのではありません。
むしろ、AIによって契約書作成のハードルが下がることには大きなメリットがあります。
これまで専門家に依頼しなければ作ることが難しかった契約書を、自分で作成できるようになる。
契約について考えるきっかけも増える。
これは、非常に大きな変化です。
一方で、簡単に契約書が作れるようになるほど、「契約書が完成したこと」と「契約条件について考えたこと」が混同される可能性があります。
AIに、
「フリーランスに仕事を依頼するための業務委託契約書を作って」
と入力する。
AIが契約書を作る。
内容を確認してPDFにする。
相手に送る。
これで契約書は完成します。
しかし、その前に本来考えるべきことがあります。
「そもそも何を約束するのか。」
「どこまでを相手に求めるのか。」
「何が起きたら困るのか。」
「その場合、どうするのか。」
「相手と自分の認識は一致しているのか。」
契約において重要なのは、実はこの部分です。
合意とは「文章」ではなく「認識の一致」
契約書は、当事者の合意を文章にしたものです。
言い換えれば、契約書は「合意そのもの」ではなく、合意した内容を確認するための道具とも考えられます。
だからこそ、契約書の文章がどれだけきれいでも、それだけで十分とは限りません。
たとえば、
「納品物に瑕疵があった場合、受託者は速やかにこれを修補する」
という条項があったとします。
一見すると、もっともらしい文章です。
しかし、
「瑕疵とは何なのか」
「どの程度なら修補の対象なのか」
「いつまでに修補するのか」
「修補できない場合はどうするのか」
といった点について当事者の認識が違っていれば、後になって問題になる可能性があります。
契約書の役割は、難しい言葉を並べることではありません。
当事者が何を約束したのかを、できるだけ同じ意味で理解できる状態にすること。
そこに契約書の大きな役割があります。
AI時代には「作ること」の価値が変わっていく
これまで契約書作成では、「契約書をきちんと書けること」が専門家の重要な能力の一つでした。
しかし、AIによって文章を作ることが容易になれば、その価値は相対的に変化していくでしょう。
では、専門家の価値はなくなるのでしょうか。
私は、むしろ逆だと考えています。
AIが契約書を書くことができるようになったからこそ、
「何を契約に入れるべきなのか」
「何を相手と確認しておくべきなのか」
「この取引では、どこにリスクがあるのか」
「この条項は、本当に自分たちの取引に合っているのか」
といった、契約書を書く前の部分がより重要になっていくからです。
AIは、与えられた条件をもとに文章を作ることには強い。
だからこそ、その「条件そのもの」を整理することが重要になります。
「何を書くか」の前に「何を約束するか」
契約書をAIに作ってもらう場合でも、最初に考えたいのは、
「どんな契約書を作ればいいか」
ではありません。
「自分は相手と、何を約束するのか」
ということです。
たとえば業務委託なら、
「誰が」
「誰に」
「何を依頼し」
「どこまでやってもらい」
「いくら支払い」
「いつまでに納品し」
「問題が起きたらどうするのか」
を整理する。
そのうえで、それを契約書という形に落とし込んでいく。
この順番で考えることが大切です。
AIにいきなり「契約書を作って」と依頼するのではなく、
まず自分たちの取引条件を整理する。
そして、その条件をAIに文章化してもらう。
必要に応じて専門家に確認してもらう。
そうすれば、AIは契約書作成を効率化する強力な道具になります。
契約書は「AIに作ってもらえば終わり」ではない
AIによって、契約書はこれまでより簡単に作れるようになりました。
しかし、契約書が簡単に作れることと、安心して取引できることは同じではありません。
契約書に必要なのは、きれいな文章だけではありません。
そこに書かれた内容について、
「自分は何を約束するのか」
「相手は何を約束するのか」
「お互いに同じ意味で理解しているのか」
を確認することです。
そして、その合意を後から確認できる形にしておく。
それが契約書の役割なのではないでしょうか。
AIが契約書を書く時代になった今、私たちは改めて「契約とは何なのか」を考える必要があります。
AIは契約書を書くことができる。
しかし、合意するのは人です。
だからこそ、AI時代の契約書作成で本当に大切なのは、「どう書くか」だけではなく、**「何について合意するのか」**なのだと思います。
契約書は、その先まで。
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大野