国民は情報の相当部分を報道機関の報道によって得ます。
報道が制限されてしまっては国民の知る権利が制限されます。

最高裁も報道について、「報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断資料を提供し、国民の知る権利に奉仕するものである。したがって、思想の表明の事由と並んで、事実の報道の自由は、表現の自由を規律した憲法21条の保障のもとにある」と述べています。

そんな報道の自由ですが、報道の為なら何でも許されるわけではありません。
取材活動における違法性が阻却(なくなる)されるわけではないためです。

無断で敷地内に入れば不法侵入
盗聴も許されているわけではありません。

そう、報道の自由のためにやった行為は、犯罪ではない、というわけではないのです。

報道機関としては「国民の知る権利に奉仕するために、また、報道の自由のために、犯罪行為であってもこれを行うが、その罪は負う」という矜持を持っていてほしいですね。

そのうえで報道するべきことは報道し、報道すべきでないことは報道しないという取捨選択をしていれば、「報道しない自由」なんてことは言われないのかもしれません。

大野