似た言葉でも、意味が異なる言葉ってたくさんあります。
叔父と伯父、叔母と伯母(どちらもおじ・おば)も意味が異なります。
前者が父または母の弟・妹を意味し、後者は父または母の兄・姉を意味します。

漢字が違うだけで、表す人が異なるのです。

なんとなくですが、「欲」という言葉が浮かんだので、その中でも欲望や欲求の違いがあるのでしょうか。

欲求とは、人が生理的・心理的な欠乏や不足を感じた時にそれを満たすために行動を起こそうとする緊張状態をいいます。
たとえば、おなかがすいたのでご飯が食べたい(食欲)、眠たいから寝たい(睡眠欲)などです。

欲望とは、不足を感じた時にそれを満たそうと強く求める気持ちのことをいいます。

なので、どちらも意味的には同じということになります。

ただ、「求」と「望」と表記される漢字がことなるため、デティールは異なるのであろうと思います。
生理的・心理的に欠乏や不足を感じた時に「求めてしまう」、無意識に求めてしまっているため、衝動を抑えられないのが、欲求。
生理的・心理的に欠乏や不足を感じた時に「望んでしまう」、望んでいる以上、意識的といえるので、感情を自分自身で理解しているのが、欲望。
と分類できるのではないでしょうか。
心理学の専門家ではないので、あくまで持論ですが・・・。

気持ちの大小・自分を支配できるか否かなどで分類している言葉ということでしょう。

となると、野望と野心も同じようなことになるのでしょう。
ぜひ考えてみてください。

大野